展示写真解説等

本記事は今年7月に舞鶴で行った駆逐艦「菊月」第2回現地調査報告会の要約です。

睦月型駆逐艦(菊月)

睦月型駆逐艦は神風型、峯風型の後継として「大正十二年度艦艇補充計画」にて12隻が建造された。

基本的な構造は、前級の神風型と大差なく艦橋構造物の直後に前部煙突、第2主砲、探照灯台、第2魚雷発射管、第3主砲、後部マストの順となっている。

缶も船体規模も同じだが、艦首形状は凌波性を高めるために従来のスプーン型からダブルカーヴェチャー型に変更されている。

備砲に変化は見られないが、魚雷発射管は従来の53cmから61cmに大型化している。

1930年代半ばには、睦月型各艦に改良が加えられている。

これにより峯風型、神風型とは見た目の印象が大きく変わる。

竣工当初は艦名はなく、番号が与えられていたが、大正13年11月付で「菊月」と命名された。

駆逐艦菊月(信号符号JZEA)

  • 1923年計画一等駆逐艦

  • 1924年(大正13)

    04月24日 第31号駆逐艦と改名

  • 1925年(大正14)

    06月15日 舞鶴工作部で起工

  • 1926年(大正15)

    11月20日 竣工。佐世保鎮守府所属となり第23駆逐隊に編入

  • 1928年(昭和03)

    08月01日 19号級駆逐艦は睦月型に改称

    09月12日 31号駆逐艦は菊月と改名

    12月10日 第23駆逐隊は第2艦隊第2水雷戦隊に編入

  • 1931年(昭和06)

    12月01日 第23駆逐隊は第1艦隊第1水雷戦隊に編入

  • 1935年(昭和10)

    09月26日 三陸沖で演習中、台風により損壊(第4艦隊事件)

  • 1939年(昭和14)

    04月01日 予備艦となる

    06月24日 第23駆逐隊に復帰

  • 1940年(昭和15)

    08月20日 第23駆逐隊は第3予備駆逐隊に変更

  • 1941年(昭和16)

    01月15日 第23駆逐隊司令駆逐艦を姉妹艦卯月に継承

    04月10日 第23駆逐隊は第1航空艦隊第2航空戦隊に編入

  • 1942年(昭和17)

    05月 MO作戦に従事

    05月03日 ソロモン諸島ツラギ島攻略に成功

    05月04日 ツラギ泊地で機雷敷設艦沖島に横付給油中、アメリカ空母艦載機の雷撃により中破

    05月05日 着底

    05月25日 除籍

ホーサーリール

ホーサーリールは各種索類の巻き取りと格納するためのものである。

大別して麻索用と鋼索用に分けられる。形状は様々であり、寸法や索の種類、太さ、長さによって異なる。

菊月では、船体後部甲板に設置されていたものとみられるホーサーリールが海中に残っていた。

煙突

睦月型は、前級の神風型と大差ない煙突の配置をしている。

艦橋構造物の直後に前部煙突、第2砲台と探照灯台の間に後部煙突がある。

竣工時の煙突は途中で改修を受けるなど年代ごとに少しずつ変わっている。

菊月の煙突は、前部煙突の基部のみが現存している。

煙突の鋼板と思われる破片は煙突跡周辺に多く散らばっている。

後部煙突は3分割にされた部分に近いため探照灯台と同じく残っていない。

滑り止め

甲板では滑り止めが施されている。

菊月では、右舷側だけで確認できた。

左舷側は干潮差が激しい為か確認できなかった。

また、昨年は、右舷についても水上に出ていたが第2回現地調査時には殆どが水没している。

艦橋

睦月型の艦橋の前面、側面は鋼鉄製の固定式側板が、ガラス窓と共に固定されている。

第四艦隊事件の際、艦橋窓硝子9枚破損、第2、3兵員室支柱歪曲、内火艇大破、前部魚雷発射管枢軸破損と損害を受けている。

盗難と波浪により艦橋は現存しない。

艦首

凌波性を高めるべく、従来まで採用されていたスプーン型の艦首形状から、舷側のフレアを大きくしたダブルカーヴェチャー型に改良された。

菊月の艦首部分は、辛うじて水上に出ている。しかしながら、長い年月を経て艦首中央から甲板にかけて切断されている。

切断された甲板については、右舷側に滑落して海の中である。

現在の姿からは、辛うじて艦首とわかる程度である。

艦本式タービン

純国産の艦艇用タービンである。

日本海軍艦政本部で開発され、国産の艦艇の殆どに搭載された。

駆逐艦では、タービンと機械室が艦内の殆どを占めている。

睦月型は、弥生、長月を除く艦艇は艦本式ギアード・タービンを搭載した。

菊月は、1番缶から4番缶まで残っている。蒸気管群に至るまで残っている部分もある。

国内では呉海事歴史科学館(大和ミュージアム)で見ることが出来る。

魚雷運搬軌道

魚雷を搭載する艦艇には、魚雷格納庫から魚雷発射管に運搬するためのレールが敷かれている。

睦月型には、魚雷発射管が艦橋前のウェルデッキと探照灯台座後部に置かれている為船体の広い範囲に軌道が敷かれている。

写真は、左舷後部煙突横の軌道である。

第1魚雷発射管基部

魚雷は、駆逐艦の主兵装として装備されていた。

睦月型では基本的に、十二年式61cm3連装魚雷発射管を2基装備していた。

また、魚雷は現在の海上自衛隊でも使用されている。

菊月の第1魚雷発射管は、その殆どが原型を留めていない。

辛うじて発射管基部のみが確認できる。

また、現在の地点に移動させる際に船体が3分割されており、切断箇所に近いため損壊が著しい。

舷外消磁電路

磁気機雷対策として多くの鋼製船体の艦艇の船体の上縁多芯組線を装備した。

磁気機雷は、鋼製の物体が近づき磁場が歪むと自動的に爆発する。

その歪みを消す為に船体外舷に沿って舷外電路は装備された。

菊月には、舷外電路を固定するための部分のみが船体に沿って残っている。

舷外電路の留め具は2.5m間隔で置かれている。縦25cm、横16cmである。

第1主砲台座

睦月型では、45口径三年式12cm単装砲を装備していた。全手動で操作される。

竣工時は3基搭載されていたが、戦況の変化により各艦で異なっている。

第1砲台は艦首楼甲板後部に配置し、その前に防波板を設けた。

菊月では、艦首楼甲板は水中に滑落している。

砲身は船体中央に置かれている。

第1砲台座は、大きく右に傾いた状態で現存している。

また、防波板も辛うじて確認することが出来る。

第2主砲支柱

睦月型の第2砲台は、前部煙突の後ろに置かれている。

菊月の第2砲台は台座の支柱部分を除いて現存しておらず砲身さえ確認出来なかった。

支柱周辺は、缶以外殆ど残っていない。

また、支柱においても右舷前部が歪んでいる様子が確認できる。

第1砲身

戦後に菊月の第1砲身は、左舷前部煙突横に置かれている。

干潮差が激しい場所のため保存状態は良いとは言い難い。

引き揚げについては、水上に出ていて目に付きやすいため観光資源として残したいというのがソロモン諸島政府の回答である。

第4主砲台座

戦況の変化で第4主砲が撤去され機銃に換装された艦艇も存在する。

唯一水上に出ている砲台座である。

砲身は残念ながら第2回現地調査でも発見することが出来なかった。

砲台座の外見は綺麗に残っていたが、内部は腐食が進んでいる部分も見受けられた。

第3主砲台座および砲身

引き揚げをソロモン政府より正式に許可して頂いた場所である。

支柱が途中で折れており、台座部分が右舷側に倒れこんでいる。

砲身については、2日目の調査にて確認することが出来た。

現地住民も知らなかったという。

舵取機室

菊月の船体後部は侵食が進み、甲板は残っていない。

辛うじて水上に出ている部分は甲板下の船内に存在する舵取機室である。

水中に存在する舵そのものは米軍の調査時に取り外されている。

Written on December 13, 2016